病の現場から(研究者篇)

再発率の高い難治性小児白血病の治療成績向上のため、基金からの支援で国際共同研究を目指す。

国内の小児白血病診療施設のほぼすべてを網羅する多施設共同研究の受け皿、「日本小児白血病リンパ腫研究グループ(JPLSG)」。このような国内外の積極的な共同研究の取り組みを通じて、過去40年間の治療の進歩により、小児白血病は実に80%以上の症例において長期生存が期待できるようになってきた。

JPLSGにおいて、乳児白血病委員会委員長を務める東京医科歯科大学医学部附属病院小児科の富澤大輔医師に、最前線の研究テーマと日本白血病研究基金が果たしている役割について伺った。

聞き手:五十嵐圭介(医療ライター)

―まず、現在の研究内容についてお聞かせください。

「小児がんの中でも乳児期に発症する急性リンパ性白血病、すなわち乳児白血病をメインに研究しています。今や小児の急性リンパ性白血病全体の生存率は80%以上といわれていますが、1歳未満の乳児における同病の生存率はいまだ50%程度にすぎません。乳児白血病のような難治性の病気の治療成績を向上させるのが、私のテーマです」

―JPLSGにおいて富澤先生がリーダーとして取り組まれている「乳児白血病のリスク層別化治療」についてお聞かせください。

「急性リンパ性白血病は、小児における悪性腫瘍の約4分の1を占めていますが、その中でも1歳未満の乳児に絞ると、小児の急性リンパ性白血病の約5%程度です。国内では年間20~30人ということになりますが、母集団がかなり少ないため、JPLSGを活用した多施設共同研究というかたちで各施設が連携して一つの臨床研究を行っています」

「ただ、この乳児の急性リンパ性白血病のすべてが難治というわけではありません。難治である原因として、白血病に関係するMLL(Mixed Lineage Leukemia)という遺伝子の異常が挙げられますが、このMLLの異常を持った白血病の発症は乳児白血病患者の約80%で見られ、残り20%ではこの遺伝子の異常は見られません。後者のタイプの患者群には、1歳以上の小児白血病の患者にも行う抗がん剤治療のみで十分良好な治療成績が得られるため、比較的負担の少ない通常の化学療法で治療を行っています」

「MLL遺伝子の異常を持った白血病を発症した乳児でも、その中でさらに0ヶ月から6ヶ月未満、6ヶ月から12ヶ月未満、と白血病診断時の月齢によって治療法がわかれます。前者の方が後者よりも再発率が高く、難治なのです。後者は強い抗がん剤を用いた治療、前者は抗がん剤と造血幹細胞移植を組み合わせた治療を行います」

「造血幹細胞移植はもちろん効果的な治療法ではありますが、命に関わるような強い副作用や、身長が伸びなくなってしまうなど白血病が治った後に問題となる「晩期合併症」とよばれる副作用を伴いやすいため、なるべく移植に頼らない方法を模索する必要があります。JPLSGでは、乳児白血病患者の再発リスクを層別化した上で、それぞれのリスク群に対してより安全で、より効果的な治療法を選択できるようにするために、現在も各施設において臨床研究が進められています」

―それでは、今進められている研究の将来についてお聞かせください。

「私が研究代表者として推進しているJPLSGの乳児白血病臨床研究は2014年末に終了する予定です。JPLSGは国内の小児白血病診療施設を網羅しているとはいえ、国内の症例数そのものがそれほど多くないため、JPLSGでの臨床研究の終了後は、今度は海外の臨床研究グループとも連携して国際共同研究として進めたいと思っています」

「今年(2013年)5月、ドイツのキールで行われた「国際BFM研究グループ会議」に出席してきました。BFMとは、日本におけるJPLSGと同様に、小児白血病の臨床研究を行っているドイツを中心としたヨーロッパのグループです。その会議の帰路、ベルリン医科大学に留学中の旧知の研究者に会うのと、国際BFM研究グループが計画している再発急性リンパ性白血病の国際共同研究、これはJPLSGも参加する予定なのですが、その事務局とデータセンターが同施設に置かれていることから、視察を目的にベルリンまで立ち寄りました。実はその間の出張費や滞在費はすべて自費でした」

―えっ。しかし研究に直結する訪問であれば、研究費の補助などが出るのでは?

「確かにその通りです。ベルリンに立ち寄ったのは、JPLSGの臨床研究終了後を見据え、海外の研究機関と提携を模索するという目的もありました。しかし、厚生労働省や文部科学省から交付されている科学研究費は、純粋に今行っている臨床研究に使途を限定したものです。すなわち、その研究に直接関連した専門家会議や学会への参加を目的とした出張であれば使うことができるのですが、単なる見学や視察の場合は使うことはできません。さらに、まだ研究実績の乏しい若手研究者の場合も、公的研究費の交付を受けることが難しく、多くの場合自費で海外の学会に参加している現状があります」

「それに、多施設共同臨床研究では研究の質を高める目的で、白血病の診断や検査を特定の施設で請け負って一括して行う「中央診断」や「中央検査」というものが必須になります。しかし、これらを担っている施設では多くの場合、検査に必要な人件費やその他診断や検査にかかる費用を自助努力で負担しています。このように、質の高い臨床研究を行うためには様々な経費がかかるわけですが、公的な研究費だけでは、それらをすべてまかなうことができないのです。これでは、人的にも物的にも研究の枠を広げることはできません」

―なるほど。確かにその通りですね。

「はい。ですので、日本白血病研究基金の存在は、我々研究者にとって非常にありがたいものです。今後も、基金のご支援をいただきながら国内の研究環境を充実させていくとともに、海外の学会や国際会議にも積極的に参加して国内外の研究成果を日本の臨床に活用していきたいと思っています」

富澤大輔 医師
東京医科歯科大学医学部卒業、同大学大学院医歯学総合研究科博士課程修了。現在、同大学医学部附属病院小児科助教。
「NPO法人日本小児白血病リンパ腫研究グループ(JPLSG)」において、急性骨髄性白血病(AML)委員会副委員長、乳児白血病委員会委員長(現任)。「乳児期発症の急性リンパ性白血病に対するリスク層別化治療の有効性に関する多施設共同第Ⅱ相臨床試験」の研究代表者を務める。

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